2010年6月6日日曜日
小学生の思い出(3年生)
小学生時代シリーズ
3年生の時は1組。担任は木下先生。体育の先生で朗らかで、背が高く、いかにも頼りがいがある!といった感じだった。3年の時の一番の思い出は何と言ってもミラーマン事件。4校時めの体育が終わって教室に戻ってきて、友人(多分Sだったと思う、この記憶だけは曖昧)から、「お前、本気で走ったらどんくらいや?」と言われた(というのも授業でリレーがあったんだけど、緩めに流して余裕で勝ったという伏線があった)。調子にのった自分は「おう、じゃあちょっと見とけ」といって教室後方のドアの外一歩廊下側に立って、ドアに両手をかけて何回か体を前後にゆすって勢いをつける形でスタートした。まさかそんな結果になるとは当然予想だにしていない。途中走っている間の記憶はない。次の瞬間は両腕を前に突き出してベランダ側のガラスドアに突っ込んで立っている自分と、目の前を滝のようにきらきらとスローモーションで落ちるガラスの破片があった。さぞかし大きな音がしたんだろうなあ。周りのみんながどんな表情をして、誰がどうやって保健室まで連れて行ってくれたのかは覚えていない。保健室でとりあえずの応急処置をして(このあたりから思い出せる)近くの病院(N島外科:今はありません)でひと針縫ってもらった。今でもその傷はある。これからも一生、見るたびにこのシーンを思い出すんだろうなあ。今になって考えると、もしその時ベランダ側の扉が開いてたら、ベランダから勢いで下に落ちて、切り傷どころか命が危なかったかもしれない。それから息を切らせて学校に駆け付け、心配そうに付き添ってくれた母の姿も記憶にある。親としての心配はいかばかりだったろう。この年になってあらためて考えると、胸が締め付けられるような感じを覚える。写真は38年ぶりのまさにその現場である。記憶と時間と自分の存在が混然となって不思議な感覚に陥りそうになる・・・・。
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