2010年8月29日日曜日
路上のデザインシリーズ 下水蓋
長崎市の下水道マンホール蓋。路上に設置されている数は下水道蓋が最も多いようである。永年この街で生活してきながら、実にこれらに関して意識していなかったかが今回わかった。長崎市のHPによると、現在使われているものはアジサイを基調としたデザインで、昭和61年から使用されているとのこと。しかし細かいデザインの違いが存在するようで、”おすい”または”汚水”と書いてあるか、または文字が無いもの、軽量または重量などの記載がされてるものなどがあるそうな。まだこれら全部は肉眼で確認していない。これより以前のものに関しては年代順がわからないが、マルが基調になってるものと星が基調になってるものがあった。ただ長崎市章の星は必ず付いてるようだ。写真の下2つはいずれも実家すぐ前の路上で撮影したもの。さび具合からかなりの年代物と感じるが、これまで一切、ちゃんと眺めていなかったことが悔やまれる。特に真ん中のものは玄関を出てすぐ目の前にあるもので、もし、足跡が確認できるのであれば、我々家族のものが無数についているはずである。雨の日も風の日もそこに存在してたんだなあと思うと何だか切なくなってしまう。
マンホール蓋については今後さらなる探索を行いたい。
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