昨年引っ越してから通勤にしばしば市電やバスを使う機会が増えたせいか、先日、ふと思いついたので記録しておこう。そもそもつり革なんてその呼び名、いや存在すら気にしたことは無かったのであるが、それを初めて知ったのは私が小学校3年生の時であった。なぜ覚えているかというと、当時友達同士の会話中に、ある女の子が(M子Yちゃん)”それつり革っていうんだよ”と、かくも明確にその呼び名を告げたのが大変驚きで、そのシーンを鮮明に覚えているからである。M子ちゃんはその後ほどなくして転校したのであるが、通常小学3年くらいでは転校生なんて忘却の彼方に去ってしまうのが普通なのに、このイベントのおかげでその子の名前と顔までよく記憶することになった。
あらためてつり革を調べると、その形状や色、設置の向きや高さなど複数のパターンが存在することがわかった。そおだなあ、マンホール同様普段何気に気付いていないアイテムの1つかもしれない。今後注意を払うべきものとして認定することとした。ちなみに英語では"strap"と書いてある。
写真は長崎の市電のもの。持ち手が丸型で進行方向と平行に設置されており、一部黄色が混在するタイプ。
2013年3月17日日曜日
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