2013年2月24日日曜日

長崎ロープウェイ


 今日は朝から極めて好天だったので、これを逃す手はない。一度、下大橋から城山方面へ向かうバスに乗ってみようと思っていたので、7時59分発にて出発進行。若草町から立岩神社方面に入るんだね。その辺りで降りようと思ったけどとりあえずわかるところまでルートを確認したかったのでそのまま乗り過ごすと、梁川公園から右折して川沿いを稲佐橋方面へ。このあたりでルートの予想もついたので、ふと思いついて長崎ロープウェイ前で下車した。そう、淵神社である。



実際ここを訪れたのは前回ロープウェイに乗った時なので、40年近く振りか、もしかしたらその後知り合いを連れてきたかもしれないが、それでも少なくとも20年は経っている。始発まで50分近くあったので、最初は「まあ、いいか、次の機会に乗ろ。」とやり過ごすつもりで稲佐公園方向に足を向けたのだが、歩いているうちに徐々に思いが募ってきてしまった。「まてよ、ゴンドラが一昨年リニューアルされたそうだし、今日は天気も良し。次来るといってもなかなかないで」と言った感じで結局始発に飛び乗ってみた。



プラットホーム(なんて言うほどのものではないが)はまさに昔のまま。ゴンドラは噂通り結構きれいなものである。往復1200円也(ちと、高いか?)で片道5分の空中散歩である。










たまたま同乗した中年男性にあろうことか声をかけてしまったところ、埼玉からの観光客だった。見物ついでに展望台までご一緒し、眺めの解説をしてあげた。自分にとっては見慣れた風景だが、今日は本当に視界も良く、あらためて長崎の街の風景はいいなあ、と感じてしまった。ほどなくしてオジサン(かく言う私も立派なオジサンであるが)とも別れて(後で思ったけど写真撮ってあげればよかった)、帰路に就いた。帰りのゴンドラは乗務員以外自分1人であったが、そのオネーチャンに聞くと、ゴンドラリニューアルと世界3大夜景認定の効果で、夜景の時間帯は1日1000人以上の利用客があるらしい。これまたおっさんと言われそうだが、長崎市民として嬉しい限りである。さらなる集客を期待したい。そのうち家族を連れていこう。


一番下の写真は伊王島~高島方向。軍艦島までよく見えた。


2013年2月23日土曜日

長崎空港の夕暮れ

学会出張より帰崎。この2日間は長崎も東京も天気が良かったようだ。ランタンも人出が多いであろう。

2013年2月17日日曜日

久しぶりに住吉界隈


 すっかり昔の賑わいが影をひそめてしまった住吉界隈の日曜日の昼下がり。たまたま通りかかってみたので風景をいくつかアップ。まずは昔からある中華料理店(名前は平和軒とある)。子供心になんとなく薄暗くて怖いイメージがあった。屋上にある中華風の小部屋が印象的で、今でも一体ここは何に使われてたのだろうと不思議に思う。

この通りと並行して幾つかの路地が走っているのだが、次はその1つの風景。なんと井戸がある。錆びてはいるが朽ち果てた感じはなく、もしかしたら水が出るのかもしれない。”津田式”と書いてある。ちなみにこの近くにもう一つ井戸があるのを発見。こちらも古いけどきちんとした佇まいで、”Dragon”とかいてあった。いずれも渋すぎる。


なぜか黒猫が水道メーターの上に乗っていた。

 
少し離れて、これも昔からある陽水苑(熱帯魚屋さん)のビルと向かいはその昔は住吉亭だったビル。色は変わったけど建物はそのまんま。

最後に住吉公園のワンショット。実は同じ位置で多分4-5歳ごろに撮った写真がある。当時はここにシーソーがあって、それに乗ってのポーズだったと記憶している。フェンスの向こうの家はこれも昔からそのままのたたずまいである。今だから白状するが、これも5-6歳の頃だったと思うが、石を投げて窓ガラスを割ってしまって(多分)やばいと思いそのまま逃げた記憶がある。悪いことしたなあ。時効だとは思うけど謝っておきます。ごめんなさい。

このあたりの風景もこれから少しずつ変わっていく(取り壊しとあるかどうかわからないけど再開発)のであろう。今のうちに記録しておく。

2013年2月16日土曜日

佐世保中央駅


昨日は手術応援で佐世保へ。ちょうど1年前も同じような天気で佐世保に行った記憶がある。佐世保共済病院には松浦鉄道の駅である佐世保中央駅が隣接していることは、一応知ってはいたが実際に見たことはなかった。到着後駐車場から入口がみえていたので、ちょっと覗いてみた。小さな駅である。数人がホームで電車を待っていた。残念ながら車両は見れなかったが、いつか機会を作ってのんびり乗ってみたいものである。

2013年2月11日月曜日

長崎市営陸上競技場

おそらく30歳以上の長崎市民なら、”松山”で通じると思うがどうであろう。柿泊競技場ができるまでは長崎市民のスポーツ会場として中心的役割を担ってきた。現在も近隣の市民ランナーや学生の練習の場として利用されているようだ。最近通勤路としてここを横切る機会がふえ、あらためて見直すようになった。けっしてきれいな競技場ではないのであるが、いろいろと思い出はある。写真はトラックの第4(?)コーナーから直線路を見たところ。実は小学校5年生の小体連(今は小大会と呼ぶそうな)で400メートルリレーに第1走者で出場した時に走った場所である。記憶ではこの右側には観客席があって(今はない)、ここから母が応援してくれてたことを覚えている。約40年前の話である。時の流れを感じずにはいられない。

消火栓蓋 島原編


シーサイドホテル島原横の路上にて。比較的新しいものであろう。初めて見るバージョンである。よくみると運転席と助手席に乗員(タヌキか?)がいるぞ。

2013年2月10日日曜日

眉山ロード






連休で、久しぶりにゆっくり島原を訪問。今日は天気も良く(といっても春霞か中国からの大気汚染か、やや霞が強い)、家族でちょっとした昼間の時間を使ってドライブ。眉山ロードの存在は知らなかった。火砕流当時の記憶がよみがえる感じであった。

カタルパの木 久し振りの投稿。この道は数十回と通っているはずなのであるが、気づいていなかった。カタルパの木、アメリカキササゲという北米由来の樹木である(木大角豆とも書くらしい、読めない)。初夏に開花するとある。今朝、久し振りに高良山に登ろうと車でいつものルートで参道下に向かう途中...