昨日は午前中まで小雨模様であったが、午後2時をまわったくらいから日差しが戻ってきた。そして近しい者のみで母の七回忌を済ませた。早いものである。この間6年余、実にいろんなことがあった。また機会を持って集まり語ることができればと思う。
さて、写真は夕方の南西の空、巻積雲である。空気が澄んでいるのでキレがあって美しい。
2015年5月2日土曜日
高良山探訪 2015.5.2
全く久しぶりのアップ。前回から正に1年が経過した。どうにかこうにか乗り切ったという感じ。しかし課題は山積である。よくもまあいろんなことがあるものである。2年目はひとつでも多くの課題を解決したい。その一つひとつが難しいんだけどね。自然体で前を向いていくしかない。
ということで、気分転換に早朝から高良山登山、というか散策と言った方が良いか。車を登山口において登り始めた。このルートで登るのは高校時代以来となる。前回は途中からだったもんね。さすがに心肺機能は高校時代に比べると低下は否めない。高良大社境内まで15分。汗だくである。登山口が6町、大社下の駐車場付近の最後の石碑に14町とあるので距離にして8町、約872メートル。案内板によると他にもルートがあるようなので、次回はそちらに挑戦してみよう。登山道沿いにもいろいろとポイントがある。またの機会にアップしていこう。とりあえず今回はツルニチニチソウと登山口にある案内板。
ということで、気分転換に早朝から高良山登山、というか散策と言った方が良いか。車を登山口において登り始めた。このルートで登るのは高校時代以来となる。前回は途中からだったもんね。さすがに心肺機能は高校時代に比べると低下は否めない。高良大社境内まで15分。汗だくである。登山口が6町、大社下の駐車場付近の最後の石碑に14町とあるので距離にして8町、約872メートル。案内板によると他にもルートがあるようなので、次回はそちらに挑戦してみよう。登山道沿いにもいろいろとポイントがある。またの機会にアップしていこう。とりあえず今回はツルニチニチソウと登山口にある案内板。
2014年4月20日日曜日
久留米初さるく
赴任後約3週間が経過した。ようやくなんとか気持ち的には落ち着いてきた感じだが、果たして今からが本当の意味での始まりである。と言いながら今週は学会出張もあり、やはり本格的には連休明けになるのか。その一方で、やはり少しずつでも具体的な構想を練り続けねばならんだろう。想像するだけで関門が多い。
さて、ようやく久留米の初さるくである。意外にいろんなみどころがありそうで期待したい。本日はあさから小雨模様であったが、次第に明るくなり午後からは晴れ間ものぞいて絶好のさるく日和となった。少し早目の昼食を久留米ちゃんぽんセンター本店にて。これも初久留米ちゃんぽんであった。どちらかというとお富さんちゃんぽんに似ているがスープは塩味やや強めの標準的部類。野菜は多めだがシーフードなし。650円也で総合評価85点か。
その後水天宮にお参りした。ここもいろいろあり、境内の裏はすぐに千歳川(筑後川の別名)で眺めがよい。狛犬をなでてきたが、この形は以前雲仙神社で見たものにそっくりであった。何か由来があるのか興味深いところである。
いったん帰宅後寺町界隈をさるいた。高山彦九郎の墓があるとは知らなかった。また、住まいのすぐ近くに田中久重(江戸時代のからくり師)生誕の地があった。これもびっくり。なかなかのものである。またいろいろとさるいてみたい。
さて、ようやく久留米の初さるくである。意外にいろんなみどころがありそうで期待したい。本日はあさから小雨模様であったが、次第に明るくなり午後からは晴れ間ものぞいて絶好のさるく日和となった。少し早目の昼食を久留米ちゃんぽんセンター本店にて。これも初久留米ちゃんぽんであった。どちらかというとお富さんちゃんぽんに似ているがスープは塩味やや強めの標準的部類。野菜は多めだがシーフードなし。650円也で総合評価85点か。
その後水天宮にお参りした。ここもいろいろあり、境内の裏はすぐに千歳川(筑後川の別名)で眺めがよい。狛犬をなでてきたが、この形は以前雲仙神社で見たものにそっくりであった。何か由来があるのか興味深いところである。
いったん帰宅後寺町界隈をさるいた。高山彦九郎の墓があるとは知らなかった。また、住まいのすぐ近くに田中久重(江戸時代のからくり師)生誕の地があった。これもびっくり。なかなかのものである。またいろいろとさるいてみたい。
2014年3月29日土曜日
2014年3月12日水曜日
筑紫平野
何年ぶりであろうか、実に久しぶりに高良山に登った。写真は高良大社社務所裏の展望台からの眺めである。今後この風景をどんな気持ちで何度眺めることになるであろうか。教室
発展の願いを込めて参拝した。和をもって前進していきたい。
2014年2月27日木曜日
五十にして天命を知る
少し時間がずれたが、今回は筆をしたためねばならんだろう。
いよいよ50歳の大台である。そして今回の誕生日はまた特別なものになった。何か見えない力が働いていたのかもしれない。思い起こせば2年半前の出来事が始まりだったのだろうか。その年は6月に高校卒後30周年同窓会が開かれ、思いを新たにしたところであったのだが、その流れで10月に取り壊し直前の母校校舎を見に行ったことはブログにも書いた。なんとその時に校舎の中で大声でつぶやいた言葉が現実になった。自身この現実を想定していたわけでは全くなく、その時はただ、今後50歳を迎えていくに当たり、そこまでに残された3年弱の時間をどんな形であれ自分の納得いくものにしたいという一念であったと思う。そこに加えて今回の周りの皆さんからの後押しと力添え。いかに人と人との関係が重要であるかも思い知った。
この年から人生が変わる。それも大きく。責任は重大であり、あるのは不安と緊張ばかりである。五十にして天命を知ったのかもしれない。当分はいろいろと大変なことは十分にわかっている。これまで積み上げてきた自分の力を信じて少しずつでいいから確実に前に進んでいきたい。ここからが本番である。
写真はこの5年間お世話になった大学オフィス。関わってくれたすべての皆さんとモノ、時間等々、いろいろと本当にありがとう。
いよいよ50歳の大台である。そして今回の誕生日はまた特別なものになった。何か見えない力が働いていたのかもしれない。思い起こせば2年半前の出来事が始まりだったのだろうか。その年は6月に高校卒後30周年同窓会が開かれ、思いを新たにしたところであったのだが、その流れで10月に取り壊し直前の母校校舎を見に行ったことはブログにも書いた。なんとその時に校舎の中で大声でつぶやいた言葉が現実になった。自身この現実を想定していたわけでは全くなく、その時はただ、今後50歳を迎えていくに当たり、そこまでに残された3年弱の時間をどんな形であれ自分の納得いくものにしたいという一念であったと思う。そこに加えて今回の周りの皆さんからの後押しと力添え。いかに人と人との関係が重要であるかも思い知った。
この年から人生が変わる。それも大きく。責任は重大であり、あるのは不安と緊張ばかりである。五十にして天命を知ったのかもしれない。当分はいろいろと大変なことは十分にわかっている。これまで積み上げてきた自分の力を信じて少しずつでいいから確実に前に進んでいきたい。ここからが本番である。
写真はこの5年間お世話になった大学オフィス。関わってくれたすべての皆さんとモノ、時間等々、いろいろと本当にありがとう。
2014年2月1日土曜日
ななつ星
今回ようやく、”ななつ星”を生で見ることが出来た。長崎には毎週土曜日にやってくる。見たのは長崎駅発6時で約その5分後の大橋付近を通過する際のもの。残念ながらカメラの性能が悪く、流れてしまったが、なんとなく紫色の車体の感じが遠目に見える。今度は違う角度でもっと明るい時に見てみたい。
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カタルパの木 久し振りの投稿。この道は数十回と通っているはずなのであるが、気づいていなかった。カタルパの木、アメリカキササゲという北米由来の樹木である(木大角豆とも書くらしい、読めない)。初夏に開花するとある。今朝、久し振りに高良山に登ろうと車でいつものルートで参道下に向かう途中...
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写真は大浦のボウリング発祥の地のモニュメント。ここにあったのは知らなかった。あらためて撮影。昭和40年代後半から50年代前半にかけたボウリング全盛時代には市内に合計4か所のボウリング場があった。ゴールデンボウル(家野町)、ラッキーボウル(大橋町)、72ボウル(宝町)、そしてスポ...
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とても天気がよかったので久しぶりに近所の散策に出かけた。いつも車で近くは通っているのだけど、やはり歩いてみるといろんな細かいことに気付く。その中で今回はちょっとショッキングなことになってた。あの永井学生センターがとうとう取り壊されて平地になってしまっていたのだ。たぶん駐車場...
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前回豆腐の話を書いたとき、玄海嵐が出てきたので、つい九大時代の食生活について書きたくなった。時は1991年。まだ日本がいろんな事に前向きで元気のあったころ(というか、バブルか)。当然まだ独身であったので、ラボの学生や企業から来ていた同年代の研究生なんかとよく食事に出かけた。この...
